青森支部
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設立:昭和63年9月14日 (H.29 09/23 改選)
登録会員数:724名
支部長:木村照雄
副支部長:小笠原實 斉藤敏也 宮越英樹
木村照雄 鈴木隆 佐藤晃
幹事:高橋峰樹 八戸正志
会計:小笠原實
会計監査:斉藤敏也
特産:日本一のりんご生産県である
催し:青森のねぶた祭、八戸三社大祭の山車など、一度は観光にどうぞ
特徴:青森県支部は三方の海を持つ支部である、会の活動はこれから先ず県内8市の一つでも活発にならねばと言うことで、八戸分会が5人集まって、毎月1回会合し検討中、来年は若人を集めて総会したい。

インフォメーション
 ●第17回青森県支部会員の集いのお知らせ

掲載日: 2024/9/21

第17回 青森県支部会員の集い

『第17回 青森県支部会員の集い』を開催いたします。
詳細は画像をクリックしてご覧ください。

お申し込みは、画像のQRコードまたはコチラのGoogleFormからご登録ください。
皆さんのご参加、お待ちしております。

▼画像をClick




ニュース
 ●「第17回 青森県支部会員の集い」開催報告

掲載日: 2024/12/20

◆「第17回 青森県支部会員の集い」開催報告

添付の通り開催し、終了いたしました。




 ●校友会「第16回 青森県支部会員の集い」報告

掲載日: 2020/9/25

  • 日 時:
  • 2019年9月21日(土)18時00分〜
  • 場 所:
  • 青森国際ホテル

支部総会の様子

出席者集合写真

木村 照雄 新支部長

懇親会の様子

ミニ取材

校友会「第16回 青森県支部懇親会」 取材
日 時:2019年9月22日(日) 開催の支部会に付随する取材記
場 所:弘前市
【弘前城】
平成27年(2015年)に行なわれた「天守の移動」で注目度がアップした弘前城。その様子はNHKなど様々な番組で取り扱われました。弘前城は津軽統一を成し遂げた津軽為信(つがるためのぶ)の子・二代目藩主 津軽信枚(つがるのぶひら)によって慶長16年(1611年)に築かれました。現在の天守は文化7年(1810年)に再建されたもので、東北地方に残る唯一の現存天守として重要文化財に指定されています。
「天守の移動」は、本丸の石垣が外側に膨らむ「はらみ」が見られ、天守真下から石垣の一部を修理することになり、高さ14.4メートル、総重量約400トンの3層からなる天守を、約3か月かけて“曳屋”という伝統技術を用いて本丸の内側(北西)へ本約70m移動させた工事のことです。現在は石垣の解体、積みなおしなどの修理を行っており、2023年に天守の曳き戻しを行い終了する予定。

追手門 弘前城の入り口

本丸を下乗橋から見たところ。桜の名所で有名な場所。 石垣の工事中で、その上にあるはずの天守が見えない。 昭和30年の桜祭りのポスターを見比べると面白い。

移動した天守。実はこちら側は天守の裏側。

天守を正面から見るとお城らしく見えるが、裏側は大きめの櫓のように見える。裏表で異なる表情の原因は、経費節約のために裏面を質素にしていたとのこと。
文化7年(1810年)に「隅櫓の改築」を理由に幕府から再建の許可が下された。天守やお城そのものの許可が下りない時期に、例外が認められたのは、あくまでも「櫓」の改修ということだったそうで、そのことも関係しているかもしれない。

天守があった場所。

樹齢130年を超える日本最古級のソメイヨシノ。

敷地内は弘前公園として開放されている。

【禅林街】
弘前城から南西へ徒歩でおよそ20分、津軽藩主の菩提寺・長勝寺を含む33の禅寺(曹洞宗)の寺院が集められた寺町。寺院が林のように並木道に沿って建っていることから禅林街と呼ばれます。領内の曹洞宗寺院を集中させて、信仰の面から宗教文化の統一を図ろうという目的と、戦の祭には、弘前城の南西を固め寺の境内にも兵を置いて城を防衛する出城の役割を持たせる目的がありました。

正面の長勝寺まで禅寺が道の左右に連なる。

長勝寺 三門。重要文化財に指定されている。

禅林街の入り口(弘前城側)にあるクランク。
城下町には必ずと言っていいほどある「枡形」と呼ばれる軍事施設。

以上
(文責 大西)
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